
1990年第40回ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。ロンドン響、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響、デュッセルドルフ響等を指揮、ロストロポーヴィチ、ゲルバー、ベロフなど世界的なソリストと共演。国内では91年N響「若い芽のコンサート」でデビュー以来、全国の主要オーケストラを指揮し、いずれも好評を得ている。93年から98年まで新星日本交響楽団の正指揮者を務め、作曲、ピアノ、指揮の総合的な才能を活かして独自の企画に臨み、楽団の発展に寄与。99年より東京フィル正指揮者に就任、意欲的なプログラミングで高い評価を得た。03年からは名古屋フィル常任指揮者を務め、3年間の在任中、常に世界へ話題を発信し続けた。95年、自ら結成したトウキョウ・モーツァルトプレーヤーズと共に、三鷹市芸術文化センターを拠点に活動を開始。「ベートーヴェン交響曲全集(EXTON)」の録音も行っている。オペラ指揮者としては97年≪後宮からの誘拐≫でデビュー以後、ツェムリンスキー≪王女様の誕生日≫、日生劇場ベルク≪ルル≫全3幕完成版等数々の演目を指揮、いずれも絶賛されている。05年、インスブルック・チロル歌劇場へ≪ドン・カルロ≫で、ケルン歌劇場へ≪ジョニーは演奏する≫でデビュー。07年よりびわ湖ホール第2代芸術監督へ就任。現代音楽にも深い理解と造詣を持ち、その緻密な解釈と的確な指揮は作曲者自身にも高く評価されることが多い。CDでは、武満徹の作品集(DENON)、日本作曲家選輯(NAXOS)などをレコーディング。91年第1回「出光音楽賞」、99年第7回「渡邉暁雄音楽基金音楽賞」、01年第51回「芸術選奨文部科学大臣新人賞」、04年度第3回齋藤秀雄メモリアル基金賞、第46回毎日芸術賞、第23回中島健蔵音楽賞をそれぞれ受賞。(日本フィル紹介より)
『オーケストラはコミュニケーションが大切です。その点では会社経営も同じではないですか。』
本日はコンサート本番前の楽屋での大変貴重なお時間をいただきありがとうございます・・・
(第一声・・・)オーケストラはコミュニケーションが大切です。その点では会社経営も同じではないですかまさにその通りです。最近の会社経営上の課題としてよく言われる、上司・部下の関係やチーム力を向上させる・・・といった内容のベースにはコミュニケーションの重要さ、があると思います。本日は指揮者として経営される沼尻さんにいろいろと教えていただければと思います。さて、沼尻さんが指揮者になろうとしたきっかけは?
指揮者は総合プロデューサー業だと思っています。オーケストラはひとりひとりがそれぞれ魅力を持っている個人の集合体。作曲家も個人。指揮者は、それらの力を結集して、ホールの中に大伽藍を打ち建てる。そこに魅力を感じました。まさに全体のコミュニケーションをコーディネートしていくわけですね。
自身では音を出して主張できないから、コーディネートするには難しい側面もありますし、逆に自身で音を出さないから、コミュニケーションをうまくコーディネートできるとも言えます。いつ頃から指揮をされていたのですか
小さい頃からピアノも作曲も学びましたが、中学生の頃から、クラスの合唱の指揮を任されていました。そのことも指揮者を目指したきっかけの一つとなったかも知れません。指揮者は、一人一人がプロの音楽家であるオーケストラをリードするわけですから、いろいろと苦労することがあるのではないですか?
それぞれのオーケストラには、個性(クセ)があります。そのクセを見抜くことが一番大切です。経験を積むとすぐにわかるのですが、デビュー当時は苦労しました。初顔合わせのオーケストラを指揮される場合は大変でしょうね。
初めてのオーケストラを指揮する場合、特に初日はせめぎあいがありますね。大切なことはすべてを壊して自分流を押し付けることではなく、彼らの流儀の延長線上にある、互いによりいい演奏を実現するための「解」を見付けることです。会社経営も同じですね。新規事業の立ち上げ支援などの場合、「自社の強みは?」と会社の方に聞きますが、意外と過小評価しますね。実は現在の会社の強みの延長上に強化すべき強みや、目的を達成するためのヒントがあるのですが・・・ ほかにいかがでしょうか?
それぞれのオーケストラには、音楽的に「核」になる奏者が必ず何人かいます。そういったメンバーたちの信頼を早期に得ることが、コミュニケーションを円滑にするポイントになります。「核」の奏者と言いますと、例えばベテランで演奏がうまい、というような人でしょうか?またはコンサートマスターなど演奏をするうえでのキーとなる人でしょうか。
必ずしも演奏が卓越している人、演奏そのもののキーとなる人とは限りません。仲間から尊敬され、「この人に認めてもらいたいから頑張る」といった対象になるような人。指揮者も、そういう人が満足げな顔をしていると安心できるのです。一生役に立つようなコツを、休憩時間にそっと伝授してくれたりすることもあります。なるほど。大変興味深いですね。私どもが実施している組織活性化のコンサルティングにおいても、クライアント組織の「牢名主」と「お局」を早く見つけるということが鉄則です。確かに役職にはとらわれず、「こいつが言うなら皆も仕方ないな」という存在の方がいますね。
では、そのような「核」となる方と積極的にコミュニケーションをとるのでしょうか?
「核」になる人は、まずは黙ってじっと観察しているんですよ。何か齟齬が生じるまでは何も言わないですね。コミュニケーションの鉄則は「迎合」でも「喧嘩」でもありません。メンバーにむやみに嫌われないように、馬鹿にされないようにしながらも、自分のやりたいことを伝えていく。必ずしも言葉だけではなく、指揮者は手の動きで伝え、奏者は演奏で返す。お互い、目的は良い演奏をすることですから、その意識が共有できればとても早くわかり合えます。
はじめてのオーケストラと沼尻さんが指揮者として就任されているオーケストラとは接し方も違うと思いますが、いかがでしょうか?
自分がポジションを持っているオーケストラの状態は、日頃からよく把握しておくことが大切です。指揮をするたびに弱点を減らす努力をしたり、調子の上向いている人を盛り立てたり。客演で年に一度しか振らないオーケストラは、練習から本番までの数日で勝負するので、あまり「弱点克服」といったような長期的視点は持たない、というより持てないです。どのように状態を把握されるのでしょうか?
例えば、本日の曲目にはブラームスの一番がありますが、これは名曲中の名曲、基本的なレパートリーです。こうした曲目を定期的に演奏することで状態を把握できます。 ほかには、モーツアルトやベートーヴェン。すし屋でいえば、白身魚を握るようなものです。ごまかしのきかないガチンコ勝負となります(笑)。沼尻さんは世界的に活躍されていますが、海外のオーケストラは国によって個性(クセ)が異なるものでしょうか?その違いは例えばどのようなところに出てくるでしょうか。
練習時間に対するスタンスをとってみてもかなり異なりますね。例えば先日客演したカナダは練習をもっとした方が良いとなると、事務所とユニオンが話し合って、翌日の練習時間を延長しました。目的(顧客)志向で大人の組織ということができるでしょう。 あるドイツのオーケストラの場合は、最後の練習の時、「できるまでやって当然」とむしろ時間で止めようとした僕が怒られました。芸術家肌ですよね。 日本の場合は、決められた時間を延ばすことが結構大変だったりします。他の仕事を入れている人が多いですし。なるほど。目的意識の違いと言えるのかも知れませんね。
では、目的を共有化するうえで大切なことをお教えください。
オーケストラという組織をプロデュースしていくためには、指揮者としての音楽的な実力がなければ話になりませんが、「大切なことをぶれずに言い続けること」、そして「皆に好かれようとしない」ことです。わざと足を引っ張る人もいますし、オーケストラ以外に興味が行っている人、音楽より組合活動に燃える人、相手は様々ですが、最終目的は「良い音楽をすること」、それによって「お客さまが満足すること」ですから、その意識を浸透させること。最後は気迫かも知れません。
「目的志向で言い続ける」こと。まさに会社組織でも共通する大切なことですね。ところで、指揮者としては、オーケストラのいろいろな楽器に関する、知識やスキルが必要だと思うのですが、どのように学ばれてきたのですか?
指揮者は全ての楽器を完璧には演奏できませんが、それぞれの楽器の特性は、それなりに理解しています。大切なことは、さまざまな音色や音質の特徴を把握することです。休憩時間に、「ああやってこうやって」と吹いてもらったり、他人の演奏を聴きに行って、自分にないボキャブラリーを学ぶことも大切です。オーケストラのパフォーマンスを発揮するためには、事務局など裏方さんとのコミュニケーションも大切かと思いますが、特に意識されていることはありますか?
よい演奏を続けていくためには、指揮者とオーケストラと事務局スタッフが、互いにその存在と役割を尊敬し合う関係つくりが不可欠です。先程お話した「よい音楽を創っていこう」という共通の目的を強く持つことで、多少の軋轢はあっても、この三者の良好な関係が構築されると思っています。では最後に、企業の経営者や企業人に対して、何か一言お願いします。
オーケストラの運営にはお金がかかります。企業の方々には、ぜひ、文化的な事業に対して興味関心を持ち、応援団になって欲しいと考えています。文化的な事業によって心の豊かさを育むことは、人の気持ちを理解することに繋がりますし、社会全体に眼差しを向けることにも繋がります。心に余裕のある、人間力のある経営者や企業人がたくさん輩出すれば、最近話題のコンプライアンスも解決すると思います。規則で縛るのではなく、心や精神のバランスを維持することによって、間違ったことを引き起こさせないもっとも有効な対策の一つとなると思います。 クラッシック音楽を含め文化的な事業は、こうした社会や組織のバランスをとることに寄与できると考えています。文化的な関心を持つということは、心や社会のバランスを保つという点に大変共感をします。本日は開演間際の貴重なお時間をいたただき、ありがとうございました。
〔後記〕

音楽家としてこれまでも数々の名演を披露してきました。特にここ数年は、関わった全ての演奏会やオペラが絶賛され、正に日本を代表する国際的な指揮者の道を確実に歩まれています。 音楽家してますますその活躍が約束されていますが、今回、お時間をご一緒することで、その人間的な魅力と卓見性に改めて感じいった次第です。
もっともっと、いろいろなことをお聞きしたいという思いでした。
当日のコンサートは、ワーグナー作曲 楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」第一幕への前奏曲、ショパン作曲 ピアノ協奏曲第1番、ブラームス作曲 交響曲第1番という、「沼尻さん曰く『指揮者にとってもオーケストラにとっても、実力のバロメーターになる曲』、聴衆の方々にとっても良くご存知の曲で、皆さん耳が肥えていますから。」プログラムでした。
沼尻さんの見事な指揮振り・解釈によって、ホール内が感動の渦に巻き込まれました。
演奏後、楽屋にお訪ねした時、オーケストラのある管楽器奏者の一人が、今日の自分の演奏の出来具合について沼尻さんに感想を聞かれ、それに対してアドバイスをしている光景を目の当たりにした時、指揮者のオーケストラのメンバーとの揺ぎ無き信頼と今日の演奏に満足せず、より高い目標に向かって努力を惜しまないプロフェショナルの姿勢を垣間見る事ができました。
これからも、沼尻さんの活躍を応援していきたいと考えています。


