元気人インタビュー 株式会社三田ハウジング 代表取締役社長 三田俊彦さん

プロフィール
1960年生まれ、東京都出身。大学卒業後、大手不動産会社に勤務。1994年に株式会社三田ハウジング設立、代表取締役就任。現在に至る。

『人を元気にするところに元気は集まる。やりがいと誇りを持てる環境作りと、 自身が情熱を持ち続けることが経営者の役割』

本日はよろしくお願いします。まずは株式会社三田ハウジングの事業内容についてお教えください。

  主として東京都内で「都市型注文住宅」と呼ぶ独自のコンセプトで戸建住宅の 建築・販売を中心とした住宅事業を展開しています。 住宅は一生の買い物で、お客さまの夢の実現のお手伝いをする事業だと考えています。こだわりとしては、どんなに条件の土地でも、お客さまの視点で徹底 して考え、取引先パートナーとともに住む人の立場に立った住宅を高品質で提 供する点にあります。

ありがとうございます。事業については、さらにあとで詳しくお聴きしたいと思います。さて、三田社長が建築分野で会社を起業された経緯についてお伺いしたいと思います。

  実は幼稚園の頃より漠然と将来は起業家になるんだと思っていました。今から思えば起業家であった父の背中を見てそう思っていたんでしょうね。

幼稚園からですか??。私の周りで起業される方々も親や親戚に起業家がいるケースが多いですね。私は起業家には遺伝的な要素もあるのではないかと思って います。

  起業家の父を支える母を見ていますと、経営には浮き沈みもあり、家族を守るためにも会社は継続させることが大切なんだと子供ながら思ったものです。「社員の幸せのために会社は継続させるもの」という考え方をこの頃の体験から自然と身についています。

なぜ、建築関係の仕事で起業されたのですか?

  建築との関わりで言いますと、昔からお寺の建築に興味を持っていました。歴 史を感じさせ、凛とした「気」を感じて落ち着きます。そして、大学を中退して、縁があって電鉄系の大手不動産会社に就職しました。 その後、都会から離れた自然の中に住みたくて、都心から1時間の距離の神奈 川県藤野町に移り住みました。私は引越しや家を建てるときが、心身が充実しているときと考えています。その地で起業しました。

もう少し起業経緯をお教えください。

  藤野町の私が住んでいた周辺にまとまった土地があり、この土地を見たときに、 自分がこの土地を分譲して起業しようと思ったのです。何か必然に似た感覚でした。 周辺に立ち並ぶ家が住む人の立場に立っていない建売住宅が多い。設計事務所は現地にも行かないで画一的な設計を行っている会社が多く、自分がこの土地 を正しく分譲するしかない、という思いで起業しました。最初はまったくの思い込みだけの起業でした。でも今から思うと最初は思い込みがないと起業はできないとつくづく感じています(笑)。

最初の事業はいかがでしたか?

  大変でした(笑)。幸い分譲して販売することはできたのですが、きちんと建築することが大変だということが最初の事業で骨身にしみてわかりました。今から思えば、分譲事業から起業するのは、大変な無謀だったのですが、最初から分譲事業をしたことが、その後の事業の成長の大変な糧になりました。

なぜ大変だったのですか?

  自分で住みたくなるような家を企画するので、売れるのは当然です。各戸には 暖炉を設置し、板張りのこだわりの家を作りました。しかし、実際の建築の現 場では当たり前ですが素人だったのです。最終的に職人さんも我々も適切に利益が残るように、きちんとした建築をコーディネートすることが、何と大変な ことかということを思い知りました。建築現場では、工期は遅れて支払いは早 まる・・・建築業界では常識でしょうが、これが大変でしたね。

起業されて後悔されたことはなかったですか?

  後悔はまったくないですね。中途半端に利口の人は、起業はできないと思います。最初は思い込みだけの起業ですが、いずれは使命感になっていくと思います。

どのよう使命感へと転換していくのでしょうか?

  いろいろな人とのかかわりの中で、お客さまや社員から感謝される中から、気づいていくものだと思います。誰かに言われて気づくものではなく自分で気づ くものです。一時期、私は住宅建設業において、経済性と社会性が矛盾するのではないか?儲けようと思うと無理をするようなことがあるのではないかと悩 んだことがあります。このことが両立すると気づいたことが使命感へと転換し た瞬間だと思います。 そして、より高い『志』を持ち、何のために自分は『住環境』に携わっているのか、『何のために?』を繰り返すことで使命感に気づいていきました。

では、三田さんの『志』について教えていただけませんでしょうか?

  今の建設業で従事する人にお嫁さんが来ないんですよ。お嫁さんが来ない業界をどう思います?江戸時代は大工と言えば、羽振りがよく、結婚相手としては申し分なかったんですよね。 建設業を改革したい、というのが私の『志』です。今の建設業は下請け構造で末端にいけば行くほど儲からず、働く人が幸せになろうと思ってもなかなかなれない業界と言えます。

では、建設業を改革するためには何をすればいいのでしょうか?

  建設従事者で言えば、多能工化の方向です。ある程度作業効率を上げなくては なりません。業界全体の構造的な問題としては、資金の流れをよくすることで す。現状の請負形態では下請けになればなるほど、しわ寄せを受けます。 私にとってのあるべき建設従事者の姿は1000万円の年棒と人格を兼ね備えたものです。

ありがとうございます。業界を変えるという『志』がよく分かりました。ところで、大変元気な三田社長にとって、元気の定義を教えてください。

  少し違うことを言うかも知れませんが、私は、運は平等ではないと思っていま す。感謝されるところにいい運は行くと思います。人も同じで、感謝する人に人は集まります。元気も同じではないでしょうか?元気は、自分が元気なので はなく、人を元気にするところに集まると思います。イメージ的には『花咲じいさん』のようなものですね。自分だけ元気なのでは、たぶん、いずれ元気で はなくなっていくでしょう。

ご自身の元気のエネルギーをどのように貯めていますか?

  仕事のオン・オフはあまり意識しないですね。仕事で夢中になっている時です。 『住』が仕事であり、趣味です。人生にはステージがあると思います。頑張って自分のレベルが一つあがると、また次のステージという形でどんどんとチャレンジできます。チャレンジそのものが元気を貯めていくことにつながっていると思います。

チャレンジすることで元気を貯めていく、という感覚は大変共感できます。 では、組織を元気な状態に維持するためには何をされていますか?

組織は継続すると陳腐化します。私は組織を元気な状態に維持するためには本 業で新規事業を繰り返すことだと思っています。現在、私どもは300年住宅を作っています。大規模建築物の土木 技術である、プレストレスト工法(PC工法)で、300年永らえる住宅を作るこ とで環境に対する貢献はもちろん、住宅の概念が変わると考えています。建設 業は建築ではなく、マネジメント業として、代々の生活者に対して、どんな価値を提供するのかという、まさに新規事業を考えていくことになります。

まさに本業の革新ですね。さて、御社のように急成長される会社にとって、成 長に伴って元気(社長の『思い』)を伝えていくのがむずかしくなるように思い ますが、三田さんの伝え方に何か工夫があるのでしょうか?

  愛情と思いやりがなくなると『思い』は伝わらないですね。神は細部に宿ると 言いますが、声をかけるとか、ちょっとしたことかも知れません。 私は社員も愛情や情熱の持てる人になってほしいと考えています。 私自身が、そう思っていると伝播されるものではないでしょうか。 やりがいと誇りを持てる環境作りと、自身が情熱を持ち続けることが経営者の 役割だと思っています。情熱もいろんな種類がありますが、世の中に役立つ『いい情熱』ですね。すると、すべてが会社も社員もお客さまもwin-win-winにな ると思います。

ところで、元気でイメージされる色は何でしょうか?

  以前は赤でしたが、今は青ですね。情熱一本ヤリではなく、落ち着いて元気を維持するといった感じです。

ご自身で元気になられた言葉は何でしょうか?

  これといった具体的な言葉ではありませんが、お客さまと取引会社、社員が繁 栄するといったことを実感できる言葉ですね。 相手が幸せになるということが感じられる言葉です。

本日は大変熱い『思い』をお聴きすることができました。私自身伝播された感じです。読まれる方にもその熱気は伝わったことと思います。長時間にわたりありがとうございました。